7月15日:「再会」
※2007年8月13日ちょっと追記。
前日まではこの日の正午辺りに東海地方を直撃と聞いていましたが進路がそれたようで前日までの天気が嘘みたいに晴れていました。
彼も歓迎してくれていたのかな。
7時に起きてシャワー浴びて9時ちょっとすぎに家を出る。
そのまま名古屋まで出て近鉄名古屋で四日市→彼の家の最寄駅と移動。
普通に行ったら予定の11時半に遅れるので特急初利用だったりw
11時19分に最寄り駅に到着。
大学の最寄り駅に並に田舎な駅w
※帰り際に撮影してますけどw
改札出たところで先に到着していたMF組の方と久々の再会。
潤斗(おっちゃん)さん、さばさん、JEENさん、アースさん、麻希さん、
シーナさん、KBさん、三原さん、レーダーさん、えるさん、猿さん
暫くMFのオフに離れてたため初めてお会いする方(もし名前間違えてる人いたら訂正よろですw)や、
2〜3年振りに会う人、4〜5年振りに会う人もいらっしゃいました。
JEENさんの第一声が「随分、閑静な顔つきになっちゃって」と言われましたが3〜4年くらいも会わないと変わるもんなんでしょうかw
この人とは自分が小6辺りから知ってるのでその頃と比べれば変わってるかもしれませんね(ゑw
ご家族の方が迎えに来るのを待ってる間に、駅の隣の家からおばさんのもの凄い怒鳴り声が聞こえてきて思い出したくないものを思い出してしまい家に着くまで大分気が滅入ってました…。
他の方は白いまなざしを向けるようにみてましたがそれが普通ですね。あんな奇声聞いたら。
今は祖父が亡くなってしまったことで罵声の浴びせ合いは無くなってますが、当時は外に聞こえても可笑しくないくらいだったのでそういう目で見られてた可能性もあったんだしょうね。
それから彼の姉が来て家まで道案内していただきました。
そして彼の家へ到着。
お線香あげてアルバム眺めてるうちに泣きそうになりましたが耐えましたね。
自分って昔から一度泣き始めると暫く止まらないので人前では泣かないようにしてるんですよね。
彼の遺影の前で暫く思い出話をしてました。
遺影の隣に飾ってあったアルバムの写真がいっぱいあってびっくり。モンスター甲子園やオフの写真が沢山。
『思いとして留める』ことも大切かもしれないけど、こうして『形に残す』ってことも良い事ですよね。
少し写真撮られるの嫌いな性格を直そうかな?
日常の写真もオフ会の写真も笑ってる写真ばっかだったなぁ。
他にも無敵鉢巻や使い込んだ攻略本やら置いてありました。
それからご家族の方に昼飯を作っていただきました。
大人数って伺ったうえにごちそうにまでなって本当にありがとうございました。m(_ _)m
その後は彼へのメッセージを一人一人書くことに。
その間に他の方はMFの話やらいろんなゲームの話やら家族の方と話をしてたり。
ご家族の方と大して話せなかったけど聞く限りでは家でもオフでも変わらない笑顔で積極的な性格だったみたいですね。
彼が関西の大学で一人暮らしを始めたのも何か刺激がほしかったからなのかな?
自分の彼へのメッセージは彼が東海地方で出来た初めてできた親友であったこと、自分の家の問題で相談に乗ってくれたことなどについてのお礼を書きました。
MF界の人で相談に乗ってくれたのは彼だけだったので本当心の支えになりました。
同じ受験生という立場で自分自身も辛いはずなのに・・・あの時の対応は本当嬉しかったです。
MFの話は大分頭から抜けてしまいなかなかついていけませんでしたw(x
KBさんの「誰かチャッキーで富竹って作らない?」って発言の後しばらく富竹トークで盛り上がってました(ゑw
「時報はもう嫌だぁぁー!」→自爆
「富竹フラッシュ!」→ソニックブーム
そしてデンネンは存在自体が富竹
自分がデジカメ持ってる時にやたらKBさんから「富竹」って言われたりとかw(ゑw
そんなに富竹かwwwwww
眼鏡+カメラで富竹ですかそうですか。どっかであれに似てる帽子探してこようかな(x
17時ごろそろそろ家を後にすることに。今日の記念に集合写真を撮りました。
最後に遺影をカメラで撮影した時も家族の方が「彼が「こんなに撮られてて俺、スターみたいだろw」って言ってそうですよね」と、
本当に彼がいたら言いそうな事を言っていて家でも本当変わらない性格だったんだと改めて思いました。
そして彼の家を後に。またMF勢の方々と一緒にいつか行きたいな。
それから名古屋へ戻って駅ビルの「矢場とん」で晩飯。
味噌カツド━(゜Д゜)━ン!!!丼を食す。
飯とカツの比率が明らかに間違ってました(ゑw
新幹線組と別れてからは夜行バス組と一緒に行動。
21時まで地下街の漫喫で時間を潰すことに。
店に入る前少し怪しいおっさんに絡まれかけたりしましたが割愛でw(x
それからはバス乗り場の近くでバスが来るまで時間を潰してました。
さばさんとポケでいろいろと談義。
ダイパになってからの対戦の主流をあまり把握してなかったので非常にためになりましたw
22時頃、夜行バス組の方と別れて23時頃に帰宅。
本日参加された方、本当にありがとうございましたm(_ _)m
帰宅してベッドですぐ横になって今日1日の事いろいろ思い返してるうちに色んな想いが溢れてきて泣いちゃいました…
訃報を受けてから今日この家に来て遺影を見るまで、やはり頭のどこかで「認めたくない」って感情がまだ残ってたんでしょうね。
寧ろ「認めたくない」というか「認めることが怖かった」という感じなのかな
一度気持ちに整理をつけたつもりでしたが、やはり実際に見ない事には受け入れることができなかったようです…
出来るならもう一度会いたかった・・・
あんなに楽しそうな人生を過ごしていた彼に何故?って感情が強まってきたり暫く頭の中でいろんな感情がぐるぐると回り続けてました。
それから勢いなのかな?自分でもよく分からないけど、本日の参加者の一人(名前は伏せておきます)に電話していろいろと話してました。
普段の自分ならこんなことしないはずなのに不思議でした。泣きながらいろいろと喋ったのって初めてかもね。
寝てるところ起こしちゃったみたいで申し訳なかったです(^^;
ふとG.U.のハセヲの「俺は、俺の関わってきた全てのものに最後まで関わり抜くと決めた。だから俺はここにいる」
ってセリフが頭をよぎって良いなって思った。
自分と関わってきた仲間をより大切にしていきたいなと思った1日でした。